【書籍】千葉雅也さん「勉強の哲学」を読んだ人たちの感想!

哲学者千葉雅也さんの新刊「勉強の哲学 来たるべきバカのために」を読んだ人たちのつぶやきをまとめてみました!

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勉強の哲学も読むし哲学の勉強もするぞ pic.twitter.com/CUeM5SDq36
話題の3作、『勉強の哲学』『中動態の世界』『ゲンロン0』を、少し早いですが、17日の自分の誕生日祝いに購入。この3冊を読んで、今度こそ生まれ変わるぞ!覚悟‼️ pic.twitter.com/wYGfsLLwIe
千葉雅也さんの『勉強の哲学』、気になるな
千葉雅也先生の『勉強の哲学』読みた過ぎるでしょ、明日絶対買う…
千葉雅也さんの「勉強の哲学」、家庭教師先のお子さんにオススメする。高校生の時に触れるべき本。
千葉雅也さんの『勉強の哲学』面白かった。勉強という枠にとどまらず、現代のような確固たる拠り所がない時代にどう生きるべきかという示唆がある。われわれの生は基本的にカオスを秩序化していくという構図、それ故新たなカオスへの適応(勉強)が一生続くことを受け入れ、それを楽しまないといけない
千葉雅也さんの『勉強の哲学 来たるべきバカのために』を読んでいる。勉強というか、もはやコミュニケーション論のようですごく面白い。第二章の「アイロニー、ユーモア、ナンセンス」は、実感も伴ってこういうことあるよねと言いたくなる感じ。いやあ、なかなか速読でさくっと読めないっす。
@masayachiba 勉強の哲学が、新年度の始まり。多くの人が強制的に環境が変わる時期に発売されたのは、重要。変わる怖さ、楽しさ、様々な思考を【新しい環境】で試せるって、素敵。
『勉強の哲学』、こんなに笑ったり唸ったりするほど面白いと思わなかったし、最後の「補論」で種明かしをしてくれているおかげで、哲学を知らない私は千葉さんの言う「非意味的形態としての言語(→哲学の言語)が刻み込まれたときの痛みを享楽する」状態になって、結果「深い勉強」をしたくなる、、、
千葉雅也さんの『勉強の哲学』読み終わった。めちゃくちゃストレスマネジメントに役立つ。原理的で現実的なので。
アイロニカルな人が異常に真面目になる現象の理解と、究極的な自分探しの勉強はしない方が良いという考えが得られたのが良かった。
amzn.to/2nX6oZN
千葉雅也「勉強の哲学」第一章まで読んだ。これはヤバい!千葉さんは本気で読者を革命=変身させようとしている。平易な言葉づかいで読ませたかと思えば、独自概念が作られるやいなや言語の物質性がせり出していき、見慣れた言葉の響きが変貌している。リーダブルかつパフォーマティブな文体。SF的。
三浦先生も薦めてた千葉雅也さんの『勉強の哲学』読んでる 面白い。勉強は獲得ではなく喪失、深い勉強をするということは環境が作るノリを一旦楽しめなくなって浮いてキモくなること、そして来たるべきバカへ……。かなり読みやすく書いてくれてる。はやく変身したい
『勉強の哲学』読了。
タイトル、装丁、文章など、意図的に自己啓発本の読者を取り込もうとしているように思えるが、内容はメタ自己啓発本でもある。そういった意味では、なかなか意地の悪い本なのかも(笑)
でもその誤配から、深い勉強にハマっていく読者が量産されることが想像される。
あと『勉強の哲学』を読んでいて思ったのは、選択された語り口や具体例の意図的な自己啓発書っぽさという点でこの本は佐々木敦氏の『未知との遭遇』や東浩紀さんの『弱いつながり』などと似ているということですね。実際比較してみたら面白いと思う。いずれも他者論だけど核にあるものが違うから。
「勉強の哲学」面白かったなあー
ただ第1章だけど、これ、
苫米地式コーチングメソッドやな
違うか...
『勉強の哲学』を読んでる。まだ第一章を読みはじめたばかりだけど、「言語の他者性」という概念が頭にインストールされ始めてしまったぞ。読む前の自分にはもう戻れない。
千葉雅也『勉強の哲学』が面白い。まだ第1章の途中だが、言葉と環境の関係性についての議論はこれから何度も読み返すことになりそうだ。平易な文体で、且つ、ぎっしり文字が詰まりすぎていない組版で読みやすく、でも中身の濃い議論の展開に著者のこだわりを感じる。
千葉さんの『勉強の哲学』、ふわふわしたものを、みんなに分かるように、ようく噛み砕いて言葉にしてくれていて、その優しさ、あたたかさ、熱、が、丁寧に紡がれた文章から滲んでいて、もう、じーんとしてしまう。高校時代からあまり進めていない私にまた授業をしてくれているような、不思議な感覚。
千葉さんも仰っている通り、『勉強の哲学』は精神分析的な本だと思う。
でも、『勉強の哲学』と『哲子の部屋Ⅲ』を読めば、『動きすぎてはいけない』の理解も深まるのではないかとも思う。
「変態」とか「生成変化」という面で。
ふつう自己啓発というと存在に/直接的に/感情的に訴えかけるものみたいなイメージがあったけれど『勉強の哲学』では啓発主体というものを徹底的に言語内存在として考えているのがおもしろかった。ずっと存在論的な文脈でのみ変態のことを考えていたのだけど、変態は言語で(も)できうるという。
千葉雅也『勉強の哲学』は2章の途中ですが、これは保坂和志に相当近いと言ってよいと思います。文藝春秋には是非対談を期待したい。
「勉強の哲学」2章まで読んだ。頭の中で直前に読んだ本の内容と混ざって、自然と読みがズレていく感覚がある。否定神学を郵便的マルチチュードに置き換えるのに近い話が、2種類のユーモアという道具立てで説明されていると読めた。ユーモアの意味飽和を引き起こす接続過剰は完全グラフに対応する。
#勉強の哲学 第2章まで。これはヤバい。勉強をそんなにしていなかった自分でもかなり共感する部分がある。ぼくの今は震災に関してまさに「超コード化による脱コード化」の現象が起こっているといえる。この先読んで自己破壊ができたあとどうなるのか楽しみであり怖くもある。
千葉雅也さんの『勉強の哲学』を読んでます。

勉強は自分を見失うためにあり、見失う愉しみをもっと強調したら……

いや、見失うためのガイドブックですからね。
環境のノリから離れた別のノリ、その中間で引き裂かれることが重要だ、ということは中間で踊ることが目指されるんだろうなと思いながら第2章をめくっている。#勉強の哲学
大学院に進学した時、明らかに以前とは言語のコードが変わったし、学部生の時のノリに乗れなくなっている自分を発見した。あの時の自分は浮いてたしキモかったと思う。

『勉強の哲学』を読み、何故だか郷愁を揺り動かされている。
#勉強の哲学 でいう「勉強はあるノリからあるノリへの引っ越し」というのは、実存的な視点で考えるとその重要性が分かる。それは、現実がただの幻想だと確信を持てるからだ。自分が従っているコードを客観視→アイロニー→ユーモアの順でその確信が強まっていく。すると現実に振り回されなくなる
読書教育を頑張って、子どもたちが本を読めるようになってくると、少し小賢しくなったと感じ、これでいいのかと迷うことがある。でも千葉雅也『勉強の哲学』を読むと、その小賢しさ肯定してもらった気がしたし、小賢しさを感じても、その先を信じる勇気が出てきた。小賢しさの先にしか賢明さがないこと
千葉さんの『勉強の哲学』もそうなんだけど、アカデミアの人たちの本を読むと、自分が生きる場所があることを感じる。就活してるとどんどん頭が悪くなって、浅くなって、自分が疎外されているのを感じる。そういう人が救われる。
しかし『勉強の哲学』第三章の重要なテーゼは「比較を続けながら比較をストップする」ことが重要だというものだった。そのために「勉強の三角形」によってアイロニーとユーモアと享楽のあいだを巡回し、「欲望年表」を作り、他者と自己をつなぎつつ変身の可能性を探るのであった。
『勉強の哲学』の「語り下ろしっぽい文体」は、実際にはかなりの程度「作り物」(バルトが言う意味での「エクリチュール」)であり、ただし音声入力とかも使っているだろうからリテラルにパロールになっている部分もあって、その混在の仕方も何か新しい書物の形態を静かに予感させるんですよね。
『勉強の哲学』
馴染みの論点が多く一気に読めてしまったが、正直、大学入学前に読んでおきたかった。
RTされることに向け敢えて私物化した言い方をすると、ちょうど表象文化論に内定した頃にソシュールとバルトを読んで記号の恣意性について拙い発表をした時のことを思い出す。
#勉強の哲学
勉強の哲学、まだ読み始めなんだけど、短歌が趣味で、存在しない映画の感想を書くことによって存在しているかのように感じる #不在映画 という遊びをしている僕にとっては割とクリティカルヒットな匂いがビンビン来る
デリダは「私は決断する」と言うことは単に「私の可能性の表現」であり、そこでは「歴史を切り裂くことがない」「出来事を生成しない」と論じる。「決断」には不可能性も他者も存在しない。これは千葉雅也『勉強の哲学』における「無根拠な決断ではなく比較」という勉強法に接続可能な議論であろう。
『勉強の哲学』は潜在的にかなり多種多様な思想的文脈と結びついた「深い」言語観を提示しているが、それをこの分量にまとめて、なおかつリーダビリティをまったく失っていないのだから、著者である千葉さんがこの本にかけた労力(=勉強量)の大きさは計り知れないものがある。
千葉先生の『勉強の哲学』、哲学クラスタの人が読んでるなぁというのはわかるけれど、普段自己啓発本しか読まない層にも届いているのだろうか?そうでないなら、あえて「自己啓発本」としてなにかイベントをされたらよいのでは、と思ったり。
「何読んでるの」って言われてゲンロン0や勉強の哲学だったときに「哲学書」って答えて凄い顔されるじゃないですか多分。いや、評論だったり批評だったりでも凄い顔されますけど。それに比べたらSFでもミステリでもファンタジーでも恵まれているんですよ、ですよ
俺が大抵の出来事を下らねぇと見下す様になったのも、勉強の哲学的に言うと、コードの変更があったのかもなぁ
「勉強の哲学」面白かったなあー
勉強の哲学は一読したらより勉強を必要としてる某人に差し入れようと思うぞい
『勉強の哲学』で絶対合格上智大学
勉強の哲学おもしろそうだけども、だけども、じかん、じかん……
勉強の哲学、買うか(安直)

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